梅谿游記八

天復晴過杉谷尾山之第六谷也岡阜陂@得
径而上俯見花堆積谷中疑為残雪土人為導
者曰雪若不消花蕊凍瘁獲実不饒幸消釈尽
今年必豊矣余因詳問一歳之入曰尾山一村
上熟得乾梅二百駄毎駄壱斛伍斗重弐陌斤

併此間十餘村中熟大抵得千四百駄上熟二
千駄毎駄価銀玖什銭或陌銭云蓋地既A埆
不可耕以此当穀及実熟採乾送京都染肆獲
銭不減万石之人亦山中経済也聞備後三原
有大梅林未知与此如何公図曰吾游三原者
再為地平遠与此間異趣花之饒或可相頡頏
地之勝則不及遠矣愈上則一目千本見於左
又前望南岸之花不減月瀬之観適斜日射之
花光煥発芳霧噴山谷殆使人目眩不能正視

又一奇也

※@は「施」の「方」がこざとへんになった字。
※Aは左が「土」右が「尭」の字。


▼読み下し

天は復(ま)た晴る。杉谷を過ぐ。尾山の第六の谷なり。岡阜(こうふ)陂@(はい)として径(こみち)を得て上る。俯(ふ)して見れば花は谷中に堆積し、残雪たるかと疑う。

土人の導を為す者曰く、雪は若し消えざれば、花蕊(かずい)凍瘁(とうすい)して実を獲(と)ること饒(おお)からず。幸いにして消釈(しょうしゃく)して尽く。今年は必ず豊ならん、と。

余、因って詳しく一歳の入を問う。曰く、尾山一村は上熟に乾梅二百駄を得。毎駄、一斛伍斗、重さ弐陌斤。此の間十餘村を併せて中熟に大抵千四百駄、上熟に二千駄を得、毎駄の価、銀玖什銭、或は陌銭と云う。

蓋(けだ)し地、既にA埆(こうかく)にして耕すべからず。此の当穀を以て及ぶに、実熟すれば採りて乾かし京都の染肆(せんし)に送りて銭を獲り、万石の入を減ぜず。亦、山中の経済なり。

備後三原に大梅林有るを聞くも未(いま)だ此と如何なるかを知らず。公図曰く、「吾、三原に遊ぶ者(こと)再びなり。地、平にして遠き為に此と間(へだ)たり、趣を異にす。花の饒(おお)きこと、或は頡頏(きっこう)するも、地の勝は則ち遠く及ばず」、と。

愈(いよ)いよ上れば則ち一目千本を左に見る。又、前に南岸の花の減ぜざるを望む。月瀬の観は斜日、之を射て、花は光りて煥発(かんぱつ)し、芳霧は山谷に噴(ふ)く。殆(ほとん)ど人をして目を眩(くら)ませて正視能わざらしむ。亦一に奇なり。


▼語釈

〇岡阜(こうふ)−岡も阜もおか。
○陂@(はい)−平らでなく高低のあるさま。
○花蕊(かずい)−花のしべ。
〇瘁(すい)−つかれる。やぶれる。
〇消釈−消える。溶ける。
〇上熟−豊年を三等に分けた第一番目。
〇駄−荷馬。馬につんだ荷物を数える言葉。
〇一斛伍斗−体積。斛は石。100升=10斗=1石≒180Lなので、約270L。
〇弐陌斤−1斤は約600gなので、約120kg。
〇銀玖什銭或陌銭−銭(=匁)は1両の10分の1で3.75gほど。よって90銭、100銭は337.5g、銀375gほど。目安として、とあるサイトの文化・文政時の計算では、銀1銭は108文。90銭、100銭は現在のお金で20万円弱、22万円弱ほど。
〇A埆(こうかく)−石の多いやせ地。あれ地。
〇聞備後三原有大梅林−現広島県三原市の満汐梅林。
〇斜日−夕日。
〇煥発−火が燃え出るように外面に輝きあらわれること。輝きあらわれる。


▼訳

天気はまた晴れた。杉谷を通る。尾山の第六番目の谷である。岡は高低があり、小道を見つけて登った。下をみれば、花は谷中につもり、先ほど降った雪の残りかと疑うながめである。

この地の先導役は言う。「雪がもし消えなければ、花の雄しべと雌しべは凍って枯れてしまい、多くの実を取ることができません。幸いにも雪は溶けて消えました。今年は必ず豊作となるでしょう。」

私はそこで、詳しく一年の収穫量を聞いてみた。尾山村は最も豊作の年に荷馬200頭分の乾梅を得る。1頭につき容量1石5斗、重さ約120kgである。月ヶ瀬の十数村をあわせて、普通の豊作で1400頭分、最も豊作では2000頭分、そして1頭分あたりの価値は銀90匁、または100匁になると言う。

恐らくこういうことだろう。土地は石の多いやせ地なので耕すことができない。よってこの土地の石高分は、梅の実を採って乾燥させ、京都の染物屋に売ることによって補(おぎな)い、万石分の収入の減少をふせいでいる、と。これもまた、山中の経済である。

備後三原に大梅林があると聞くが、この月瀬梅林と比較してどうであるかをまだ知らなかった。星巌は言う「私は三原に二度行ったが、平地で遠くまで梅が広がっているため、この地と異なり、おもむきにだいぶへだたりがある。花の多さは拮抗しているが、景色のすばらしさは遥かに及ばない」と。

さらに登ると一目千本が左に見える。また、川の南岸もそれに負けないほどの花がある。月瀬村の景観は、夕日が射して花は光り輝き、美しい夕もやが山や谷にふきだしている。まぶしくて直視できないほどである。これもまた大変おもしろい光景である。


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