梅谿游記七

還抵嵩村舎舟上岸緑竹数畝臨水亦梅渓中
不可少者也西麓梅花亦多興月瀬之花相連
爛成銀海西行数百歩花間得阪螺旋而上寔
為月瀬山腹香雪中出一大石苔蘚被之蒼鬱
可愛踞而少歇益上至巓眼界豁然谿山呈露
典得蔵匿花溢山填壑弥望皜然譬如登泰山
頂下瞰大地皆白雲是得梅渓之全真者也宜

乎月瀬之名独顕不止其名雅馴也適天復陰
雪大至風薄之如舞蝶塞空亦奇観也下渓索
渡還

▼読み下し

還りて嵩村に抵（いた）り、舟を舎（とど）めて岸に上る。緑竹数畝水に臨み、亦梅渓中、少なべからざる者なり。西麓に梅花亦多く、月瀬の花と相連なり、爛（らん）として銀海を成す。

西に行くこと数百歩、花の間に坂を得、螺旋（らせん）して上る。寔（これ）が月瀬を為（な）す。山腹の香雪中、一大石を出だし、苔蘚（たいせん）之を被（おお）う。蒼鬱（そううつ）として愛すべし。

踞（うずくま）りて少し歇（やす）む。益々上りて巓に至る。眼界豁然（かつぜん）として谿山呈露（ていろ）し、蔵匿（ぞうとく）するを得る無し。花は溢（あふ）れ、山は壑（たに）を填（みた）し、弥望（びぼう）皜然（こうぜん）たり。

譬えば泰山の頂（いただき）に登るが如し、下に大地の皆白雲たるを瞰（み）る。是梅渓の全真を得る者なり。宜（むべ）なるかな、月瀬の名独り顕れて、その名の雅馴を止めざるなり。

適（たまたま）天は復（ま）た陰（くも）る。雪は大（おお）いに至り、風は之を薄（せま）り、舞蝶の空を塞（ふさ）ぐが如し。亦奇観なり。渓に下りて渡るを索（もと）めて還る。

▼語釈

○舎（とどム）－とどまる。おく。
○畝（ほ）－面積の単位。30歩（歩は坪と同じ。）。約100平方メートル。
○爛（らん）－あきらか。あざやか。美しい。
○歩（ぶ）－約１．８メートル。
○香雪－かおりのよい雪。転じて、白い花のたとえ。
○苔蘚（たいせん）－こけ。○蒼鬱－青々としてこんもり茂っているさま。鬱蒼。
○可愛－すばらしい。敬愛すべきである。かわいらしい。愛らしい。
〇眼界－目に見える範囲。目のとどく限り。
〇豁然（かつぜん））－広々と開けているさま。広々としたさま。
〇呈露（ていろ）－あらわす。また、現れる。露呈。
〇蔵匿（ぞうとく）－かくす。
〇填－ふさぐ。うずめる。みたす。
〇壑－たに。
〇弥望（びぼう）－広く見渡す。また、遠く広い眺め。見渡す限り。
○皜然（こうぜん）－白い様子。
〇雅馴（がじゅん）－文章の字句が正しく穏当な事。

▼訳

嵩村まで戻ってきて、そこで舟を止めて岸にあがった。数畝ほどの緑の竹藪が水際にある。また、竹は梅渓中に少なからず生えているようである。山の西のふもとにもまた梅の花が多く、月瀬の梅花と連なってきらびやかに銀の海を作っている。

西へ数百メートル行くと、花の間に坂道があり、らせん状になってのぼっている。これらは月瀬村にある。山腹の雪のような花の中から一つの大きな石が突き出ている。苔に覆われていてこんもりとし、かわいらしい形である。

うずくまって少し休み、更に登って頂上に着く。すると広々と視界がひらけ、谷や山が現れ、隠しきれないほどである。花はあふれ、その花でいっぱいの山々は谷を満たし、見渡す限り白一色である。

たとえて言えば泰山に登ったようである。頂上から見下ろせば大地はすべて白雲であるように、梅花の白雲が広がっている。これが梅渓の真価を発揮したながめである。月瀬の名があらわれても、その名にふさわしい文章をとどめないのはもっともである。

おりしも空はまた曇ってきた。雪がたくさん降り、風が近づいて雪を吹き、たくさんの蝶が舞って空をふせいでいるようである。またおもしろい光景である。渓流に降りて、渡し舟を呼び、帰った。